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April 1, 20260 citationsOpen Access

Voicing Shame: Ghosts in Absalom, Absalom! and The Silent Cry

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ZLZidong LI

Key Points

  • The paper aims to explore the themes of ghosts and shame in the works of Kenzaburo Oe and William Faulkner, focusing on post-war implications.
  • Comparative analysis of '万延元年のフットボール' and 'アブサロム、アブサロム!'
  • Examination of themes related to ghosts and shame
  • Discussion on self-identity loss in post-war contexts
  • Identifies loss of self-identity in post-war Southern America and Japan
  • Highlights the impact of mythologized history on the represented identities
  • Shows that characters attempt to reconstruct self-identity through ghost narratives

Abstract

本稿は大江健三郎の『万延元年のフットボール』とウイリアム・フォークナーの『アブサロム、アブサロム!』を比較し、両作品の共通テーマである「幽霊」と「恥」に着目しつつ、そこから窺える南部戦争敗戦後のアメリカ南部と第二次世界大戦敗戦後の日本との類似性を解読し、両作品における神話化された歴史によって抑圧された者の表象についての考察と比較を目的とする。この両作品は敗戦後のアメリカ南部と日本における自我同一性の喪失を前提としている。敗戦後のアメリカ南部と日本の再建により現代社会と伝統社会の連続性を失われていく状態が描かれている。土着的なコミュニティが現代社会の激変に順応できず、伝統社会が栄誉とするものすら意味をなくしつつあり、登場人物もその中で自己同一性を喪失してしまう。その自己同一性の喪失は個人にとどまらないレベルで現れ、共同体の自己同一性の喪失を意味する。その状態の中で登場人物は幽霊の物語を通じて自我を再確立させようと試みる。しかし、その幽霊たちの物語は地域の歴史と重なった形で提示されるが、同時に神話化された歴史によって排除された者の存在をも示唆する。その排除された者の存在によって露呈する階級社会の暴力性こそが共同体を自我同一性の喪失へと導いた原因であり、登場人物に恥の体験を強いるものである。また、その幽霊たち自身も排除された者・恥を抱える者という側面を有し、栄誉を持つ者と恥を抱えるもの間に絶対的な区分はないことが提示され、結局理想とされる自我同一性に到達することは不可能であることが示唆される。最後に、フォークナーが人種や性差別の言語を乗り越える可能性を示しながらも、社会的な区分を解体した南部の構図を明白に提示しなかったことに対し、大江は排除された者に寄り添い、絶えない会話の中で恥を抱える者同士として共存する姿勢を徹底し、主体の語りを乗り越えるヴィジョンに到達したと言えよう。

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Cite This Study

Zidong LI (2025) studied this question.

synapsesocial.com/papers/69cd7ab35652765b073a8133https://doi.org/10.15026/0002000862
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